團伊玖磨:交響幻想曲「万里長城」札幌交響楽団
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1999.04.27.楽屋控室前で團伊玖磨さんと記念写真
 2006年8月15日シャオ・ロンから貴重な写真が出てきたと手渡された1枚の写真である。
 いみじくもお盆の季節に貴重な写真が見つかったことに、僭越にも、團伊玖磨さんがら私へのメッセージがおくられたのではないかと痛く感動、感謝もした。
 團伊玖磨さんが中国の風土観光地を訪問された最初は、1966年(昭和41年)夏で、まだ日中の国交回復がなされていない時期である。
 この際、「パイプのけむり」に文化大革命の発端に遭遇し、この事件に対するカルチャーショックが機縁でそのことが何であるかを理解しようと中国研究の端緒となり、それが日中文化交流の礎石になったと書かれている。
 この折、最初の万里の長城に観光されている。 
 1972年(昭和47年)の秋、日中国交回復慶祝民間使節として中国に赴き、高峰三枝子さんと万里の長城にいた。18年前の彼女の離婚がベースになっている。そして、京都の街で最後の彼女のリサイタルのポスターを見た悲しみを「花落知多少」の漢文で結んでおられる。2回目が前述の1972年だった。この2回の訪中からこの交響幻想曲の曲想を思いつかれたのであろうし、広大な中国の土地と人との出会いと別れがこの曲の中心になっているのだろうと思われてしまう。
 交響幻想曲「万里長城」は、1985年(昭和59年)12月21日に中国北京民族文化宮で李徳倫指揮、中国中央楽団で初演されている。1980年(昭和55年)毎日放送TV番組「万里長城」の音楽を改作したスコアーによる。(早崎日出太)