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團さんが何度か訪問したダンヒルのことが「HUMIDOR.Vol.8」に
秋のダンヒルサーカス小屋に夜集う洒落者

HUMIDOR VOL.8 2005 AUTUMN(ヒュミドール第8巻 2005年秋号) 500円 111頁 (210×297×9)
◆18-27頁 秋のダンヒルサーカス小屋に夜集う洒落者  写真:長沢丹、文:阿部千尋
▲「パイプのけむり」辞書
▲煙草に関する単語 ▲煙草、葉巻名に関する単語
 先日、日本たばこ総合研究センターの大久保さん(研究副部長)から、この本を送っていただいた。
 装丁といい、内容といい、シガーのための贅沢な本である。この本の巻頭にダンヒルの文字を見つけ一寸、興奮を覚えた。
   随分むかし私も若いころに、葉巻やパイプを愛用していてダンヒルの手造りのパイプは垂涎の的でありながら、たまに買いに行くデパートの喫煙具売り場で見たストレート・グレインは、高価な値札がつけてあり、何時まで見つめていても買う余裕などなかった。
 過去にこんなシガー専門の贅沢なマガジンがあっただろうか。
 馬車に関係したパーツやファッションからパイプへと一時代を画し、著名な人々にも愛用され、歴史的に二度と再現されないであろう動乱の時代を生きてきた、この会社の道のりは、私達の世代と深く繋がる。
 今は、男のロマンを叶えるアイディアとユニーク発想で最高級の品々をそろえるイースタン・ロードの「ダンヒル・モートリティーズ」。
 ダンヒルへの憧憬を引きずりながら生きてきた男達のハートの中に青春への回帰を助長させるように、阿部千尋氏のその場の情景を彷彿とさせる文章と長沢丹氏の素晴らしい写真で男の遊び心とか、シガーへの愛着かが、どの頁を開いても溢れ、これでもか、これでもかとハートを熱くさせる。
 團先生が終生愛して止まなかったダンヒルのパイプ。最後まで世界を飛び歩き、詳らかに音楽を構築し、そして、広い交友関係と弛まない好奇心で苦衷の文章を吐露し、誰もが真似の出来ない「パイプのけむり」というピラミッドを積み上げた。
 この100ページばかりの美しい本が、ダンディーな男達にどんな夢をもたらすのだろうか。

(パイプのけむり VOL.22/26.ストレート・グレイン,P149-155.92.6.23-7.3)

 團伊玖磨先生の「パイプのけむり」には、葉巻や、紙巻き煙草、吸い口付煙草、フィルター付煙草、刻み煙草、パイプ、煙管、ライター、マッチ、灰皿、根付けなど煙草に関することについて、愛煙家だっただけに多くのたばこに関する思いを語っておられる。
 1954年の春にセント・ジョーンズ・ウッドの閑静な住宅に住んだ、家賃は月16ポンド(この頃、1ポンドは、約1,000円だから、1万6千円を支払った。)2部屋、4階建てのアパートの3階に住んでいて、この部屋には小さなキチンとバス・トイレが付いていた。
 その上、什器一式が付属していたから家賃が高いとは思わなかったそうだ。
 その頃は、車も少なく暇なときは、デューク・ストリートのダンヒル本店で、訪れて冷やかすか、ボンド・ストリートに入って、世界最高の喫煙具ストアー「アブダラ」で買い物をして、ピカデリー・ストリートを抜けて、ピカデリー・サーカスで一休みして、アパートへ帰ったと語っておられた。この散歩のコースのことについては詳細に書かれている。
 秋になり、急にイラン、イラクにいく用事ができ、ダンヒルのお店を久しぶりに訪れた。
 この頃、ダンヒルでは、靴や鞄や石鹸などは売っていなかった。ひやかしに良く行っていたので、顔見知りの初老の店員も出来、その人の勧めで記念に18ポンドでカナディアン・タイプのストレート・グレインを購入したと回顧されている。
 この後、何故、ストレート・グレインが高価であるかを、そして、35年後のある日、二度と買うことが出来ない、その大切にしていたホワイト・ヒースのパイプにひびが入り、その机の引き出しの中のパイプの死骸を取り出すたびに、いつも曇っていたロンドンの空とパイプを買った日のまぶしく晴れていた日を思い出すと結んでおられる。

(パイプのけむり VOL.27, 27.ロンドンの風,P137-147. 99.9.10-9.24)
 1999年8月13日、先生は、ダンヒル社の招待で長い間の念願だったアルフレッド・ダンヒル・パイプ工場を訪問されている。
 もう、1本、宝物のように大切にされていたパイプは、釣りをしていて岩場の上に載せてあったのが波に浚われてしまったという。
 それ以後、色々なメーカーのものを使ったが、ダンヒルのパイプの右に出るものがなかったと言っておられる。
 ダンヒルは、先ず、飽きがこない、堅固で壊れたり折れたりしない。歯に重さが掛からない、決してこれらのことを宣伝していない、それが、一本、一本、産業革命の前のような素朴な機械で作られ、彫られ、磨かれて行く工程を直接工場で見て、40年酷使しても壊れなかった疑問が氷解したと書いておられる。
 ダンヒルの発端は、1800年代の初め、倉庫業と馬具製造・販売をしていたが、自動車の出現で時流に乗り自動車部品を製造し、その自動車グッズのなかで、自動車に乗って、吸っても火の粉や灰が飛ばない風防つきのパイプのアイディアの特許をとった事から、ダンヒルとパイプの縁のつきはじめとなった。その後、原産地から送られる粗悪な葉煙草に嫌気がして、良質な葉煙草、愛好家のために客の好みに応じた葉タバコのブレンド、販売を開始して、ダンヒル自身が葉のミックスを行ったという。
 この訪問時に、リチャード会長のサイン入りの「パイプ・ブック」(新刊)と銀プレートに團先生の名前入りのパイプを戴いた。このパイプは見せていただいたが、美しく磨かれたパイプは、箱の中で古雅な輝きを見せていた。
(1967.9.30「ダンヒルたばこ紳士、A.ダンヒル著」をご自身が翻訳されている。)

(パイプのけむり VOL.1, 35ガス・ライター、P176-181. 65.2.12)
 先生特有のブラック・ユーモアー、ダンヒル本店で、店員を捕まえ「ライターのガスを鼻に押し当てて人を殺すことが出来ますか」。結局、1個購入。店員は、口をアングリと空けて、この東洋人、狂っているのではないかと思ってたようだと、笑っておられた。

(パイプのけむり VOL.15, 72火の変遷、P72-75.83.2.4)
 マッチからライターへ。ライターの詳細が團流分析の結果は。
 
(パイプのけむり VOL.10, 10セヴィリャの春、P57-71. 80.4.4-11)
 オペラ「カルメン」からこの時代の煙草工場の内情を推理していく。そして、クライマックスには、一人の女と二人の男の心情をセヴィリアの輝かしい春に重ね合わせている。