| 大泉西中学校校歌(團伊玖磨作曲)を検証する 古賀 由美子 様 | |
こんにちは!初めてお便りいたします。 |
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2005(平成17)年2月2日、私のHPを見たと唐突に練馬区に住む古賀さんという方からメールをいたいだいた。校歌についてご連絡を戴いたのは、これで3度目になる。 1回目は、上田中学、2回目は高岡高校で、今度で3回目になった。 作品が誕生した経緯を知るということは非常に大切なことであるし、私にとっては、私の知らない偉大な團さんの足跡を知る手がかりとしても重要なことなので、早速、「出来うる限りの協力をさせていただきます。」と、メールをした。 校歌にしろ、流行歌にしろ歌は多くの人に歌われ、時代を超えて、地域を越えて歌い継がれていくが、その歌の出来た経緯というと中々正確に伝わらないものだし、多くの人は歌を歌っても、その根源、人間が如何に絡んでいるかを調べようともしない。ちなみに、私が育った滋賀県蒲生郡安土町立安土小学校の校歌は、笹川新太郎作詩、陸軍軍楽隊作曲とある。昭和7〜8年の作曲と言うから、まだ、團さんや黛さんや芥川さんは入隊していなかった。(團、芥川の入隊は、昭和19年11月1日、東京音楽学校からは、13名/昭和18年約100人、昭和19年約120名の入隊があった) しかし、創立100年記念(http://www.bcap.co.jp/s-hochi/01-11/n011111.html#5)のアルバムには、戸山陸軍軍楽隊が千葉県と記されている。(正確には東京)、このように一つの例をとっても、曖昧なことが多い。だからここに、着眼された古賀さんの音楽へのこだわりにエールを送ることにした。 最近では、社会的な歴史や、事業や製品の出来た経緯をつぶさに記録したTV番組も増えて来た事実は重箱の隅を突付きたがる私にとっては、うれしい限りである。 何しろ、時代と人と仕事は、私の最も興味のあるところだから、こんなメールを戴くと興奮で胸が熱くなるし、特に團さんのお仕事となると、欣喜雀躍、何処へでも出かけてしまうのである。 幸い、広報担当の古賀さんは、文章も明快、その上、音楽にも造詣も深いとお見受けした。 そこで、古賀さんの探偵団の経緯を、いただいたメールを引用しながら、「希望のいずみ」の製作過程を追跡しようと思う。(早崎日出太) |