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近鉄の生駒駅で,普段は、売店で本などを手にすることはないのだが、今、東京で話題になっている阿修羅の写真が巻頭を飾っていたのでつい「サライ2009年6月4日号」のページをぱらぱらと捲ったら、久しぶりに先生のことが記事になっていた。 何故か、うれしくなって早速「この本下さい」と財布から500円玉を取り出し、わくわくしながら本を抱えて部屋に戻った。 私などは先生とご一緒した時間は短いが「パイプのけむり」は私の愛読書だったから先生の書かれたものについては、長い付き合いになる。 始めて團先生にお会いしたとき積年の恨みを晴らすように、書いたご本人に遠慮会釈なくいろいろな質問をさせていただいた。 特に全世界を旅されたことと食に関しては、稀有壮大、摩訶不思議、何処までが真実で何処までが虚偽なのか区別がつかない、全く驚天動地のお話ばかりだからだ。 檀ふみさんが「ただ、恐れ入りました」とひれ伏すばかりであると帯に書いておられるように、食に関しては生半可ではないのである。 もちろん、ふみさんの父上だって「檀流クッキング」なる著書を出されているくらいだから並大抵の方では無いはずだとかねがね思っていたから、そのお嬢さんが「ただただ、恐れ入りました」とおっしゃるのは、團先生の食には誰もが説得されてしまうのは当然である。でも、この文庫本には、いくつかの團先生の食に対する執念を表現した重要な文章が欠け落ちている。 琵琶湖の鴨の話や、鴨と言えば仲代達也さんの狩猟の話や駒形どぜうのご先祖のことやスマックアイスクリーム、沖縄のイラブー料理の数々、ヴァイキング、世界の酒のことなどなどがである、余りにも一般的であるように思う。 この頃は、食べることばかりの過食の時代だから「食」について出版すれば本は売れるに違いないという世情を考慮して選んだことが担当者の底辺心理としてあったのだろうし、選者の時代が我々世代と違うと言えばそれまでだが、どうも 現代人の「食」の知識で理解出来る文章だけをセレクトしたように思われる。さらに、根底に先生の志向した「食」と「人」の関わりが非常に重要なことなのに欠如しているように思えてならない。 「パイプのけむり」27巻に書かれている「食」に関する言葉、嗜好品も含め約3500語ある(たばこ等を含む)他の地名や人名に比較すれば少ないが私の20項目の分類からすれば「食」は多いほうに属している。 これを機会に「食」に関する辞書についても「團伊玖磨全仕事」のHPに公開することにしようと思う。 もちろん、先生の本が上梓されることは誠に喜ばしい「地の果ての料理店」が掲載されていたので快哉を叫んだでしまった。私の最も好きな文章の一つである。 その著述の雄大さである。中国人の商売に対する姿勢である。執念である。職業・仕事に対するサービス精神、料理に対する先生の食べることが凝縮されているように思う代表的な一文である。 人のいない所に店を出し、きちんと品揃えをして客を待つ。日本人なら先ず、人の来ないような所に店など出さない。 そして、人が来ても売れなければ理由を問わず地域の人の迷惑も顧みず店を畳んでしまう。先生ならこうおっしゃるだろう。 「どうだ、すべての歴史の原点は中国にあり,,中国人は、自分の世代だけではなく,未来を見つめてるだろう. もう少し日本人は、中国の人々を見習ったらどうだ」と言わんばかりなのである。 「家内の料理することことという音が小さく響いて来ている事が回想の引き金になったのかも知れない」が、この話のイントロ部分で読み人は、ついつい先生の口車に乗せられてしまうのである。 いろいろな国の音楽を極めるために旅に出たと先生の話は佳境に入ってくる。 そして、世界各国で食べた中国料理の話になる。 コモド島に蜥蜴を見に行く途中のスンパワ島で、只、一軒ある中国人の経営する雑貨屋があり、そこで中国料理のフルコースが食べられると言う話である。 そしてその商魂のたくましさは、日本人なんか比べ物にならないと結んでおられる 私は、食通ぶって実際に経験したこともないことを書く食通が、世間にはごまんといるが、先生の食に関する貪欲さは世界の果てまででも行って、実際に見て触って食べて書くのだから実にリアルで深い意味を持つ、要するに文学者だけではなく、科学者の目も持ち合わせておられる。 ここにセレクトされた文章は、「パイプのけむり」の一部分であるが、どの文章にもちりばめられている食の知識は際限がない。 さらに日本の食に関しては、同時代に生きた人間でないとわからないことも現実にある。 この本の文章の収集をどの時代の人がしたのかは分からないが、多分、タイトルだけを見て若い人がやったように思う。 何しろ、行ったお国の食生活を地元住民とともになさるのだから、私だったら到底見ただけで震え上がるようなものまで平気で召し上がったのだから驚きを通り越してしまう。 しかし、私の知る限り先生の日常の食生活は、肉や鰻やビーフシチューや中国料理の数々や脂肪含有量の多いものがお好みのようだった。 いつも、演奏会の前のひと時、食べ物の話をしながら焼き肉や鰻やをご相伴にあずかった。 この本を見つけ読み進む内に先生と時間を共有した、その過去の時間を引き戻したいと言う強い想いに囚われたのである。(早崎日出太) 何日か後に小学館の編集担当に以上の意見を述べた手紙を出したところ、斉藤さんと言う方からお電話をいただいた。 「パイプのけむり」全巻を読んで文書を選択したこと、時代の変遷に伴い文章を書いた時点では問題の無かった言葉、地名などが変わってしまったかあるいは、タブーになっている言葉が含まれているなどの制約がありそのような文章は、省いたと言う。私見を述べさせてもらえば、やはり原文を掲載、訂正文を挿入すればいいのではないだろうか。 もちろん、禁止用語などは、その時代でも使用されている事は無いだろうから。 選集だから基本的に出版社の自由だとしても、「食」とうたったからには、團伊玖磨氏の「食に対する執念の部分は組み込んでもらいたいものである。(早崎日出太) |
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