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 映画「古墳と観音の里」(1)
   
                               映画「古墳と観音の里」チラシ                         高月町観光パンフレット表紙
 高月町は、私の祖父母と父の生まれ育った故郷(伊香郡北富永村井口)である
 高月町企画集団25の武田雅弘さんから5月23日に滋賀県伊香郡高月町「町制50周年記念」として湖北の無窮の歴史を記録した映画「古墳と観音の里」が完成したからとご招待を受けた

 官民こぞってのPR作戦の一環に乗ろうと、上映の日を首を長くして待ったのである

 試写会が2005年6月10日、新宿駅西口小田急前の明治安田生命ホールで行われた

 少年時代、この地で育ち、成長して東京に出て
墓参や同窓会で訪問するたびに、今更ながら故郷の深遠な歴史の重みを感じる年齢になったが、この映画を鑑賞することによって、なつかしさと共にさらに祖先の遺した偉大な足跡の全容を知ることができ、言葉では表現できない深い感動を憶えたのである
 私は、常々、日本で最高に美しい所は、ふるさと滋賀だと思っているし、会う人毎に桃源郷のような近江を自慢喧伝している

 もちろん、日本国内には風景の美しい場所は沢山ある

 しかしながら、無窮の歴史を秘め、美しい風物を伴った地域がどれほどあるだろうか

 日本の中央に位置し
約100万年前に形成されたという日本一の面積を持つ近淡海(おうみのみ)=琵琶湖(670.33ku)が中央にどっかりと位置している、この地には、日本の歴史の原点があり、日本の臍は、歴史の臍でもあった
 この映画では、多くの遺跡の成り立ちを端緒として、各村落に残る観音の一体、一体に光を当て
いかにこの地の人々が文化を大切に継承してきたかを物語っている。
 監督、片桐直樹は、高月町出身で私より一年先輩で同じ中学校に通ったことと思う

 雪深い湖北は、自然環境も厳しく
冬には、豪雪の日々を数え萱葺屋根の雪下ろしや川を埋める雪による浸水、夏には、河川の氾濫、秋には台風の頻繁な襲来、その他、地震、など私たちの時代には自然災害が多かった
 こんな環境で育った社会派の片桐は
この作品では、あくまでも人に光を当てている美しい仏像の後ろに広大に広がる古代、仏教伝承、農民の信仰・祭事、そこには、時代を異にした人々の喜怒哀楽、冠婚葬祭にまつわる人々の共感と伝承のためのエネルギーが表現されている
 また
邦楽器をメインにアジア諸国の音楽交流と広いジャンルを包含した膨大な作品群を現代に広げた三木稔と楊静(ヤンジン)の共同作曲をメインにすえた楊静の中国琵琶の旋律は、色鮮やかにさまざまな情景を奏で中国伝来の仏教仏像とのシーン構成に一役買っているし、三木は、350本の記録映画音楽を経験しているだけに作品の全体のメカニズムを緻密に配慮し、チェロ等の西欧の楽器も配し、彫像や風景の美しいイメージを一層深いものとしている映画俳優としても深い経験者ナレーションの鈴木瑞穂により、重厚な声で、ストーリーを判りやすく語っている。
 明治安田生命ホール定員、500席は
地元の出身者を含め新聞社が公募した人々で満席となり、高月町役場北村町長、片桐監督、撮影監督山本氏、作曲家三木稔氏、声優の鈴木瑞穂氏など関係者の挨拶で幕を開けた
 挨拶では、映画の内容や製作の意図など短時間では語り尽くせない深い作品だけに見終わって
初めて作品全体に流れる片桐の思想を垣間見た思いがしたのである。もちろん、スタッフ一同のアイディアも多く含まれているには違いないが
 少年時代、駆け回った故郷に
このような壮大な歴史が埋没されていたことさえ知らなかった己を恥じると共に、教育現場でこのような事実が取り上げられなかったことは、歴史を発掘する生活的、学術的余裕がなかった時代だったからだろうし歴史的に我々の時代に解明されていなかったことも多く教育にはあまり取り上げられなかったことを思うと、確実に全ての子供たちにこの作品を提示し、その中から、多くの継承者が育つことを製作者は願っているのだろうと想像する。日本全国の子供たちに見せたいものである(早崎日出太)
◆寺院・神社
町指定文化財 重要文化財 国宝    お問い合わせは、高月町観光協会0749-85-6405(ダイヤルイン)
この表は、映画を良く理解するため高月町発行の観光ガイドからまとめたものです。
名  称 住 所 宗 派 彫  像 電話番号
向源寺渡岸寺観音堂
(元「慈雲山光眼寺)
渡岸寺88 十一面観音立像●/
十一面観音立像
大円寺高月観音堂 高月4 曹洞宗 千手観音立像 0749-85-2664
小谷寺
高野大師堂 高野 慈恵大師坐像
浄光寺 柏原 十一面観音立像
石道寺
尾山釈迦堂 尾山 釈迦如来坐像/大日如来坐像
柏原阿弥陀堂 柏原 阿弥陀如来立像/薬師如来立像
理覚院 井口 千手観音立像(本尊)/十一面観音立像(脇仏)
百体観音像
円満寺
日吉神社
井口 十一面観音立像
十一面観音座像
保延寺観音堂
白山神社
保延寺 千手観音立像
保延寺阿弥陀堂 保延寺
雨森観音寺 雨森 千手観音立像
雨森芳洲庵 雨森
冷水寺 落川 十一面観音坐像(さや仏)
竹蓮寺 西阿閉 伝・聖観音座像
(宝冠阿弥陀如来)
片山観音堂 片山 十一面観音立像
充満寺西野薬師観音堂 西野1791 浄土真宗大谷派 十一面観音立像
薬師如来立像
0749-85-3767
090-8938-6369
正妙寺 西野1827 天台宗 十一面千手千足観音立像 0749-85-3987
覚年寺松尾寺 松尾 十一面観音立像
普門寺 松尾 聖観音立像
磯野寺 磯野
光明寺 東物部 千手観音立像
横山神社 横山 馬頭観音立像
赤分寺 東高田 十一面観音立像
浄信寺
赤後寺
日吉神社
唐川1055 千手観音立像
聖観音立像
090-3164-7486
乃伎多神社薬師堂 東阿閉 聖観音立像
◆古墳・遺跡
 国指定史跡 県指定史跡
名  称 所 在 時 代 大きさ 出土品
古保利古墳群 西野
熊野
西阿閉
片山
古墳時代前期から終末期 西野山〜山本山の尾根上3Kmに渡り分布 前方後円墳 8基
前方後方墳 8基
円墳    79基
方墳    37基
渡岸寺遺跡 渡岸寺 古墳時代〜室町時代 複合遺跡
鉄器生産集団の場
馬上古墳群
馬上 古墳時代前期から中期 馬上山丘陵の尾根 前方後円墳
前方後方墳10基以上
馬上南遺跡 馬上 弥生時代終末期〜平安時代 現在の馬上集落あたりに存在
大円寺遺跡 高月 古墳時代後期〜平安時代 複合遺跡
金属器の生産
高月南遺跡 高月
森本
宇根
弥生時代中期〜平安時代中期 高時川の西側 複合遺跡
竪穴住居450棟以上
掘立柱建物200棟以上
玉造工房の痕跡
宇根遺跡 宇根 古墳時代〜平安、鎌倉時代 大型建物跡の木器
父塚古墳 東阿閉 直径40mの円墳?/全長60mの前方後円墳? 古墳上部に稲荷神社
円墳又は前方後円墳(推定)
五位塚古墳 西物部 古墳時代後期 直径50m以上の円墳?/全長50mの前方後円墳? 古墳時代後期の県内最大規模の豪族の首長の墳墓
姫塚古墳 東柳野 4世紀前半 東柳野東側田圃内
全長70m以上/後方部一辺40m/高さ7m
前方後方墳
県内最大級、平野部に残り貴重
山畑古墳群
第一号墳「大森古墳」
松尾 3世紀前半〜6世紀後半 松尾山の尾根上全長約60m 前方後方墳1基、県内最大級
小円墳10数基
松尾宮山古墳群
第一号墳
松尾 古墳時代後期・終末期 松尾山南麓/1号墳17m×13m 方墳3基
物部遺跡 東物部
横山
唐川
弥生時代中期〜平安時代 東西500m以上 竪穴住居、掘立柱建物
玉造工房の痕跡
物部氏発祥の地
横山神社古墳「コロコロ山古墳」 横山 6世紀中頃 全長36m 前方後方墳
横山遺跡 横山 弥生時代中期〜平安時代 赤川の左岸 竪穴住居
方形周溝墳
建物8棟以上の玉造工房の痕跡
唐川宮山古墳群
第三号墳
唐川 古墳時代後期 湧出山南麓 横穴式石室4基
第三号墳は、良好多数の副葬品発見
湧出山古墳群 唐川 5世紀〜6世紀初頭 湧出山山頂部、尾根に分布
直径20m以上の方墳
全長35m以上の前方後円墳
1辺20mの方墳など

前方後円墳1基
円墳、方墳13基
井口遺跡 井口 古墳時代終末期(7世紀)以降 最大規模の集落(伊香郡衙=律令制の郡の役所)
瓢箪塚古墳 洞戸 古墳時代後期(6世紀中葉) 全長30m以上 前方後円墳
高時川北部を治めていた豪族の首長の墳墓
大海道(おかいどう)遺跡 保延寺
尾山
持寺
弥生時代〜平安時代 3集落にまたがる大集落
竪穴住居122棟
掘立柱建物12棟